夫の定年退職を機に私達は2005年7月に40年余住み慣れたカリフォルニア州ロスアンジェルス市から南部のサウス・キャロライナ州グリーンビル市に引っ越して来た。

カルフォルニアと比べ不動産の購入価格は4分の一、消費税は6%(カリフォルニア10%)、医療費や各種保険の支払いも格段に安く、犯罪率も低く、大学が多いので文化的な行事の恩恵に与る機会も頻繁に有り、加えて森林が多い為空気が清浄と云う諸般の事情を考慮しこれからの年金暮らしで無理なく老後を過ごすために選んで移り住み14年が経った。

ここはアメリカのバイブルベルト地帯のそれもバックル(ベルトの留め金)と呼ばれる中心部分で、昔から南部バプテスト派の信者が多く且つ共和党の強固な地盤の土地で良く言えば敬虔なクリスチャンの人々が多く、古き良きアメリカが未だ健在である。

ドイツのBMWとフランスのミシュランタイヤのアメリカ本社と工場が在り、グリーンビル市は正にその城下町となっておりドイツ人やフランス人駐在員家族の数も多く、両方の国の現地校も開設されている。

超リベラルな環境のロスアンジェルスに長年住んだ身には正午のニュースが放送される直前に、毎日国歌がラジオから流れると云う事に驚いたものだ。

日曜日となれば教会の駐車場に停まっている車の数は半端ではなく、デパートも他の商業施設も礼拝に行く午前中は店を閉め(一部のレストランは日曜日は終日休業)、レストランでは日曜日に限りワインなどのアルコール飲料は一切提供されない。

この街に引っ越して来て以来ずっと私が毎週買い物に行く「パブリックス」と云う名前のスーパーマーケットが在り、ここで働く人達の年齢が一見して可成りの高齢と思える人から高校に通っている年齢の若者まで日本のそれと比べマチマチである事に驚いた。

長年このマーケットに通う間にその中でもレジに立っている一人の女性と親しく言葉を交わす様になった。 

彼女の名前はボニー・シーリーさん。1937年生まれで現在82歳。 

2005年からずっとこのスーパーマーケットでレジ係として働いており、8台並んだキャッシュレジスターの内の1台を彼女が担当している。

この店は1930年に創立され本社はフロリダ州のレークランド市に在り、主にアメリカ南部諸州(フロリダ、ジョージア、アラバマ、サウス・キャロライナ、ノース・キャロライナ、テネシー、バージニア)に1270の店舗を持ち、エプロンと云う名前の初心者向け料理教室をマーケット内で展開しており、誰にでも簡単に出来る料理をモットーにし、薬剤師が常駐する薬局が店舗内に在り、「グリーンワイズ」と云う名前の独自の農園を持ち、そこで無農薬の野菜や果物を育て、そこで収穫されたものを自社製品として、一般商品と共に販売している。

オンラインショッピングは各家の玄関先まで商品を無料配達し、車で取りに来る顧客には店の車寄せまで従業員が持って行くと云う徹底したサービスぶり。

又毎週水曜日は「シニアデイ」となり60歳以上は購入総額の5%を引いてくれる為水曜日は私を含め近隣のシニアの多くが買い物に来ている。

2019年1月現在で従業員19万3千人、フォーチュン誌の最も働きたい企業100社の中で12番目に載った大手スーパーマーケットチェーン。

ボニーさんはインデイアナ州出身。48歳の時に夫に先立たれ、当時中学生を頭に3人の息子達がいたが、North AmericanVan Line と云う全米を網羅する大手引っ越し業社の本社総務部で秘書をしながら女手一つで育てあげ、その子供達も孫達も今はそれぞれ結婚をし独立。孫は5名になり息子達も孫の一人も教育関係の仕事に就いている。

退職して一人で暮らし始めた頃、サウス・キャロライナに住む息子の一人が自宅の向こう側の家が売りに出ているけど、母さん引っ越して来ないかと誘ってくれたので長年住んだインデイアナの家を売却し、2005年にグリーンビル市の息子の家の向かい側の家を購入して引っ越して来た。

冬は極寒の地となるインデイアナと違って南部の比較的温暖な地、特にサウス・キャロライナは冬でも雪はあまり降らず年寄りには住みやすい所なので来て良かったとの事。

それと同時に現在のパブリックスに職を求めた所偶然空きがあったので直ぐにパート従業員として採用され現在に至っている。

働き始めた理由は何歳になっても活動的でありたいからと云う事で、現在の仕事に満足しているか尋ねたら「私の年で他にどんな仕事のオファーが来るって云うの? でも仕事が有るって有難いし政府から来る年金とここで得る給料のお陰で毎日の暮らしは何の憂いも無く、時には買い物を楽しんだり、息子達からは経済的にも肉体的にも完全に自立出来ているし、週一で向かいに住む息子家族全員を我が家に呼んで私の手料理でもてなして一緒に食事をしているのよ。家族のコミュニケーションは大切だからね。 

それに毎日の様に顔を合わせる同僚達は皆いい人達ばかりで14年間もずっと働き通すことが出来たのは有難いわ。医者も毎日規則的な暮らしをして外との接触を保つのは良い事だからこれからも続けなさいと言ってくれたわ。職業に貴賎は無くどんな仕事も自分が責任を持ってやれば自信が付くしお客も満足してくれるの」と。

彼女は1日4時間働く時と、7時間働く交互のスケジュールになっていて週5日働いているが、金曜日だけは全休とし、医者のアポイントメントや銀行その他の用事に充てる時間にしている。

そう云う彼女は今迄に2度も腰の手術をやっており7時間ずっと立ちっぱなしと云うのは辛い事だろうと思ったが、時には椅子に座ってレジ打ちも認められているし、お客と話したりすると気が紛れるから物は考えようよ、何事もプラス思考でずっとやって来たから大丈夫と微笑んだ。

趣味の編み物と私立高校で教えている息子の学校のバスケットボール観戦のチケットをボランテアで売るのを喜びとし、毎週変える彼女のマニキュアの色はお客の興味の有るところで、時には黄色だったりブルーだったり、交互に違う色使いをしたり彼女の手先を見ながら話が盛り上がる。

彼女はアメリカの古き良き時代の「おっかさん」的モデルであり、どんな苦しい時にも決して諦めず前向きにプラス思考で生きることを教えてくれた人である。

Posted by:ayakopiper