ベイビーブーマーの最たるものとして戦後すぐの1947年に生まれた私は、小学校は1クラス63名のすし詰で、しかも1学年が13組もあり教室が足りずに講堂や体育館に臨時のクラスを併設し、それでも足りずに運動場に蒲鉾型のバラックを作りトタン葺き屋根の為夏は熱が直に伝わり最悪の状態でした。

当時私の様な一人っ子と云うのは物凄く珍しくどの家庭も子供は3、4名が平均で、多いところは1家庭に10名近くいたものでした。

近所に住むYちゃんと云う女の子と私は学年が同じだった為いつも一緒に遊んでいましたが、彼女には幼い弟妹がいて学校から帰るとその子達の面倒を見るのが彼女の仕事で、当時小学3年生だった彼女は遊ぶ時は弟をおんぶ紐で背中にくくりつけ皆の集まる所に駆け足で来ていました。

こんな話をしますと今の若い人達は顔を顰め悲壮感と哀れさをもろに顔に表し、中には何と云う親だと憤る人もいるのですが、当時はこれが当たり前の子供の姿で仲良しのYちゃんも生後1年も経たない弟をおぶって皆でドッジボールをしたり家の床下を這い回って泥だらけになって日が暮れるまで遊んだものです。

Yちゃんの家庭は取り立てて貧乏だった訳ではなくお父さんは地方公務員で慎ましく暮らしていたとは言え、持ち家も有り当時としては普通のどこにでもある日本の家族で長女として生まれたYちゃんが幼い弟妹の面倒を看ていた訳です。

今の様に電化製品が揃っている訳ではなく、一家の主婦は朝から晩まで子育てと家事に追われていた為女の子が小学生になると母親にとっては重要な労働源となっていました

幼児虐待について書いているのに何故この様な60年も前の事を言うのかと申しますと、今の若い母親に限らず殆どの人が実際に自分がお産をして我が子を抱くまで「人間の赤ん坊」を抱いた事も触った事もないと云う人が多数を占めるからです。

私が子供だった頃はどこを見ても子供がうじゃうじゃしていましたし、赤ん坊の面倒を見るというのは女の子の仕事で、それを私達は当然の事として受け入れていましたので自分の家族ではなくても近所の子供であれば誰かが面倒を見ていた訳です。

其の様な暮らしを子供の頃からやっていますと自分の子供が生まれても其の延長線上のことをやる訳ですから特別に新しい事を習得しなければならないと云うのが無くスムーズに子育てへと入っていける訳ですし、周りには母親は勿論の事、お婆ちゃんも姉も妹も居ますし、近所のおばさん達も居る訳で子育てのベテラン揃いで常に誰かの目や手が届いていましたので現代の様な育児の孤立化と云うことは有りませんでした。

最近のニュースで心を痛めるのは若い両親が我が子を虐待し死に至らしめる事です。

未だものも言えず、親だけを唯一の拠り所としている子供に対して一体いつから日本人はこの様な鬼畜の心を持った人間になってしまったのだろうと考えてみた時に、行き着くのは自分が幼かった時に常に温かな目を向けてくれた近所のおじさん、おばさん、お兄ちゃんやお姉ちゃん友達のお母さん等の存在があった事です。

学校に行く事に意義を見出せず、又学業に付いて行けず落ちこぼれになった子供達は不登校児となり十分な教育と健全な精神の発達の機会を失い、余りにも恵まれ過ぎ何でも簡単に手に入る環境にあるとそれが当たり前の事と思い、核家族化の中で育ち周りに年寄りが居ない環境で年老いた人を労わると云う体験も無く、努力をして何かを得るまで我慢をすると云う訓練が全く出来ていない人間が親になり短絡的に我が子を殺める、こう云う恐ろしい現実をちょっと考えてみて下さい。

オムツが濡れて気持ちが悪いのか、お腹が空いているのか、飲んだミルクが胃に支えて苦しいのか生まれたばかりの新生児と云うものは泣く事でしか状況を伝える術を知りません。 

産褥にある母親は寝不足で疲れていても自分の身より我が子の事を優先し夜中に起きて愛情を持って赤ん坊の世話する、その毎日の積み重ねが母性を豊かにし、どんな困難な状況からも子供を守ると云う強い母親が出来上がるものです。

虐待により死亡した子供はゼロ歳児が全体の4割強を占める今の日本の現状では、この幼い命を守り将来の日本を背負って立つ人間を育てる為には親となるべき人間への教育をできるだけ幼い時期に始めるべきだと私は思います。

ただ勉強と塾通いだけしていればそれで良いというのではなく、出生率が減っている日本では赤ん坊を見る機会も少なくなっていますので、例えば高校生や親が産院などでボランティアとして働きその体験を機会ある毎に子供達に伝え、子供を産むと云う事は命がけの仕事であり、そんな大変な思いをして産んだ子供は自分の責任でどんな事があっても万難を排して育てなければならないと云う事を常に言い聞かせ、赤ん坊が居る所に子供を連れて行ったり、柔らかな体を抱く体験もさせ命の尊さ大切さを折りある毎に教えるべきだと思います。

虐待されて育った子供は将来自分も虐待に手を染めると云う結果が出ており、人それぞれ生い立ちが違いその後ろ側にあるものは他人からは窺い知れない部分が有りますが、悪の連鎖を止める為にも自分の子供には決してその様なおぞましい事が起きない様、親となるにあたって幼い尊い命を守ってゆく覚悟と自覚を持って新しい生命の誕生を迎えて欲しいものです。

Posted by:ayakopiper